GW特別連載「デジタルの向こう側へ 五感をひらく8日間」第2日目
こんにちは、apro-incの業務改善・DXコンサルタント、AYAKAです。
GW2日目のコラムです。昨日は「地図アプリを閉じて歩く」話をしましたが、今日は少し台所に入ります。
お正月やお盆に帰省されている方、実家でご飯を食べる機会がある方も多いこの時期に、ぜひ読んでほしいテーマです。
レシピ動画通りに作ったのに、なぜか違う
GWに実家へ帰ったとき、おばあちゃんの煮物を食べました。やわらかく、でもちゃんと形が残っていて、甘すぎず、しょっぱすぎず。子どものころからずっと変わらない、あの味です。
「これ、どうやって作るの?」と聞くと、おばあちゃんはこう答えました。
「お醤油をね、これくらい。みりんもこれくらい。あとは目分量でいいの」
「これくらい」って、どれくらい?
その日の帰り道、私はYouTubeで「筑前煮 レシピ」と検索して、高評価のレシピ動画を見つけました。材料と分量がきれいにまとまっていて、手順も丁寧。これなら絶対うまくいく、と思って翌日作ってみました。
できあがりは……美味しかったです。でも、おばあちゃんの味ではありませんでした。
「目分量」の正体 暗黙知とは何か

なぜ同じ料理なのに、こんなに違うのか。この「差」の正体は、ビジネスの世界では「暗黙知」と呼ばれています。
暗黙知とは、言葉や数字で表しにくい、個人の経験・感覚・勘の中に宿る知識のことです。おばあちゃんの「これくらい」は、何十年もの料理経験が手のひらに染み込んだ知識で、「大さじ2」という数字には変換できない何かがあります。
一方、レシピ動画のように「大さじ2・小さじ1」と言語化・数値化された知識を「形式知」といいます。形式知は誰でも読めるし、再現しやすい。でも、形式知だけではおばあちゃんの味は再現できないのです。
これはAIにとっても同じです。レシピをいくら学習させても、「手の感触」「火加減の微妙な調整」「この日の素材の状態」は、データとして与えにくい。AIが得意なのは形式知の処理であり、暗黙知はまだ人間の領域です。
SECIモデルを食卓で考える

ここで少しだけ、経営学の話をさせてください。といっても、難しくありません。
日本を代表する経営学者・野中郁次郎氏が提唱した「SECIモデル」は、暗黙知と形式知が組織の中でどのように循環するかを示したフレームワークです。4つのプロセスで構成されています。
共同化(Socialization):共に体験することで暗黙知が伝わる。おばあちゃんの隣で一緒に料理することで、「この火加減」「この色になったら」という感覚が体に入ってくる。これが共同化です。
表出化(Externalization):暗黙知を言葉や図にする。「このくらい」を「具材の角が少し透き通ったら」「菜箸を刺してすっと通ったら」と言語化することで、他の人が理解できる形になる。
連結化(Combination):複数の形式知を組み合わせて新しい知識を作る。異なるおばあちゃんのレシピを集めて「決定版の煮物レシピ」を作るようなイメージ。
内面化(Internalization):形式知が体に染み込んで暗黙知になる。レシピを何度も作り続けるうちに「見なくてもわかる」感覚になること。
この4つのプロセスが循環することで、知識は組織全体に広がっていきます。DXの現場でも、この考え方はとても重要です。
デジタル化できないものを、どう扱うか
業務改善の仕事をしていると、「マニュアル化できない仕事」の問題に必ず直面します。
「あの先輩がいるとクレームが不思議と減る」「Bさんが担当したプレゼンだけなぜか受注率が高い」。こういった「なんとなくうまくいく人の感覚」は、形式知に変換するのが難しい典型的な暗黙知です。
だからといって「デジタル化できないなら放置」では困ります。おばあちゃんの味も、誰にも教わらなければ失われてしまうように、ベテランの暗黙知は退職とともに消えてしまうのです。
そこでSECIモデルが示す答えは「まず一緒にやってみる(共同化)」です。マニュアルを先に作るのではなく、ベテランと新人が一緒に仕事をする機会を意図的に作ること。そこから見えてきた「コツ」を少しずつ言葉にしていく(表出化)。その地道な積み重ねが、組織の知識を守ることになるのです。
AYAKA’s View
GWの帰省で実家の台所に立ったとき、ふとこんなことを思いました。おばあちゃんの「目分量」は、何十年もの記憶と愛情が詰まった、世界でひとつのレシピなのだと。
デジタル化は素晴らしいし、効率化も大切です。でも、人の手や経験の中にある「目分量」を大切にすること。そのバランスこそが、血の通ったDXだと私は思っています。
今日、おばあちゃんやお母さんと一緒に台所に立つことができたら、ぜひ隣で「どれくらい入れるの?」と聞いてみてください。その問いかけが、大切な暗黙知を守る、小さな「共同化」になります。
明日(5/1)は「『書く』と『打つ』は脳の使い方が違う 手書きが思考を深める科学」をお届けします。
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