「マニュアル通り」にできない仕事があることを、私は誇りに思う 職人の手と、AIの手

週末コラム

こんにちは、apro-incの業務改善・DXコンサルタント、AYAKAです。

土曜のコラムです。今週はRPAの話が続きました。「繰り返し作業を自動化する」「定型業務をロボットに任せる」、効率化の話ばかりが続いた一週間でした。だから今日は、少し逆側の話をしたいと思います。

自動化できない仕事の話を。

大田区のまち工場に入ったとき

当社は大田区に拠点を置いています。大田区は、日本でも有数のものづくりの集積地です。最盛期には9,000を超えたまち工場が今も3,000超あり、切削・研磨・プレス・メッキ。ひとつひとつは小さな工場が、部品加工を「たすきリレー」のようにつないで、世界水準の製品を生み出してきました。

ある日、近くの金属加工工場を見学させてもらいました。旋盤が並ぶ工場の中で、60代の職人さんが黙々と部品を削っていました。機械の設定はほとんどデジタル管理されているのに、最後の仕上げだけは手作業でした。

「なぜここだけ手でやるんですか?」と聞くと、職人さんは少し考えてから答えました。

「機械が出す数字はあくまで目安です。最後は手の感触で決める。0.01ミリの誤差を指で感じ取るんです。それは機械には任せられない」

0.01ミリ。人間の髪の毛の直径が0.07〜0.08ミリですから、その7分の1程度の誤差を、指先が感知しているということです。

マニュアルで伝えられるものと、伝えられないもの

私はDXの仕事をしていますから、「マニュアル化・標準化・デジタル化」を日々推進しています。でもあの工場での体験が、ずっと頭の中に残っています。

マニュアルで伝えられることがあります。手順、使う道具、安全上の注意事項、品質チェックの基準値、これらは文字と図で伝えられます。

でもマニュアルで伝えられないことがあります。

旋盤の振動がいつもと「少し違う」感覚。材料の固さが「今日はやわらかい気がする」という皮膚の知覚。削っているときの音の変化。「何かおかしい」と思ったときの職人の直感。

これらは数値化されていない。マニュアルに書かれていない。でも、経験を積んだ職人の身体の中に、確かに宿っている知識です。これを「暗黙知」と呼びます。

AIは「職人の手」を学ぼうとしている

2026年3月、慶應義塾大学の栗原教授らが「匠和会」という業界団体を立ち上げました。その目的は「熟練職人の暗黙知をAIで継承・形式知化する」ことです。職人の目線の動き、手の微細な動き、判断のタイミング。これらをセンサーや映像で記録し、AIに学習させようという試みです。

これは素晴らしい取り組みだと思います。職人の技術が失われる前に、次世代に何らかの形で残そうとしている。

でも同時に、こんな問いも浮かびます。AIが「0.01ミリの感触」を学習したとき、それはまだ「技術」と呼べるのでしょうか。それともただの「データ」になるのでしょうか。

「効率化できるもの」と「効率化してはいけないもの」

DXコンサルタントとして仕事をしていると、「この業務は自動化できますか?」という質問を毎日受けます。私の答えはほとんどの場合「できます」です。でも、ときどき「できるけど、すべきではない」と思うことがあります。

たとえばクレーム対応。電話を受けたときに「申し訳ありません」と言う言葉は、AIが生成することもできます。でも、相手の声のトーン・言葉の奥にある怒りの種類・「どこに問題の本質があるか」を感じ取ることは、経験を積んだ人間の仕事だと私は思っています。

熟練の板前が魚を捌くとき。ベテラン大工が木の目を読むとき。美容師がカットの前に髪の状態を確かめるとき。これらの仕事は「マニュアル通り」ではできません。長年の経験が身体に染み込んでいるからこそ、その仕事は価値を持ちます。

この「マニュアル通りにできない仕事」が、実は最も替えのきかない仕事です。

自動化の波の中で「残すべきもの」を考える

今週のコラムで「繰り返し作業はRPAに任せよう」という話をしました。これは本当のことです。同じ請求書を毎日転記する作業、定型的なメールの送付、毎週同じ手順で行うデータ集計、これらはどんどん機械に渡すべきです。

でも、その先に「浮いた時間で何をするか」が大切なのだと、大田区の工場を歩くたびに感じます。

RPAが請求書処理を自動化した分、経理担当者は「この取引先、最近支払いが遅れている。何かあったのかもしれない」と考える時間ができます。AIが議事録を作った分、営業担当者は「あの顧客の口ぶりが今日は違った。来週フォローしよう」と感じることができます。

デジタル化の本当の目的は、人間が「人間にしかできないこと」に集中できる時間を作ることだと、私はずっとそう思っています。

大田区のまち工場が教えてくれたこと

あの日、職人さんに最後にこう聞きました。「若い人に技術を教えるのは大変ですか?」

職人さんは少し笑って言いました。「マニュアルを読んでも、できるようにはならないんです。隣で見て、やってみて、怒られて。それを繰り返すしかない。10年はかかりますね」

10年。AIは膨大なデータを学習して数ヶ月で「それらしい動き」を習得します。でも、職人さんが10年かけて身体に刻み込んだ感覚は、データとは別の何かを含んでいる気がします。

その「別の何か」を、私はまだうまく言葉にできません。でも、それを大切にしたいという気持ちだけは、はっきりしています。

AYAKA’s View

DXのコンサルタントとして、「効率化できることは効率化しよう」と言い続けています。それは本気の言葉です。でも同時に「効率化できないものの価値を守ろう」とも思っています。

大田区のまち工場を歩くと、建物は古くても、そこで生まれているものは最先端です。NASAの部品も、医療機器の精密部品も、この小さな工場から生まれています。それは、マニュアルに書けない技術を積み重ねてきた職人たちの仕事です。

「マニュアル通りにできない仕事があることを、私は誇りに思う」、あの工場で職人さんが言ったわけではありませんが、きっとそう思っていると私は感じました。

デジタル化とアナログの両方を大切にすること。効率化の先に、人間にしかできないことを守ること。それが、apro-incの考えるDXです。

来週もまた、月曜からDXの実践的な話をお届けします。今日は土曜日。ぜひ、ゆっくり過ごしてください。

apro-incでは、デジタルとアナログの両方を大切にしたDX・業務改善支援を行っています。効率化と、人間にしかできないことを守ること。そのバランスを大切にした伴走支援をしています。お気軽にご相談ください。

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