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【週末コラム】夏の忘れもの|過ぎゆく季節に、置いてきたもの

2026.08.29

こんにちは、apro-incの業務改善・DXコンサルタント、AYAKAです。

八月も、残すところ、あと二日。夏も、いよいよ、終わりに近づいてきました。

夏の終わりになると、私は、いつも、少し、不思議な気持ちになります。「あれ、今年の夏、やろうと思っていたこと、けっこう、やり残したな」と。花火を、見に行こうと思っていたのに。あの場所へ、出かけようと思っていたのに。もっと、のんびりしようと思っていたのに。気づけば、その多くを、しないまま、夏が、過ぎていこうとしている。今日は、この、夏の終わりの「忘れもの」について、週末らしく、のんびり、綴ってみたいと思います。

やり残しは、毎年、生まれる

毎年、夏の初めには、「今年の夏は、あれをしよう、これをしよう」と、いろいろ、思い描きます。夏という季節には、なぜか、特別な期待が、かかるものです。子どもの頃の、夏休みの記憶が、そうさせるのかもしれません。

でも、いざ夏が終わってみると、思い描いていたことの、半分も、できていなかったりする。仕事に追われ、暑さに、うんざりし、そうこうしているうちに、夏は、するりと、過ぎていく。そして、夏の終わりに、「ああ、あれも、これも、できなかったな」と、少しの、心残りを、感じる。この、やり残しの感覚は、たぶん、毎年、誰もが、味わっているものだと思います。私も、例外では、ありません。

でも、これは、悪いことなのでしょうか。やり残しがあるのは、ダメなことなのでしょうか。私は、最近、そうは、思わなくなりました。やり残しがあるということは、それだけ、やりたいことが、あったということ。夏に、期待を、かけていたということ。何も、期待していなければ、やり残しも、生まれません。だから、この、夏の終わりの、ほろ苦い忘れものの感覚は、実は、夏を、愛していた証なのかもしれない、と。

置いてきたものは、来年へ

そして、面白いのは、季節というのは、また、巡ってくる、ということです。

夏に置いてきた忘れものは、この夏は、取りに戻れないかもしれません。でも、また、来年、夏は、やってきます。今年、できなかったことは、来年の夏に、やればいい。そう思うと、夏の終わりの心残りも、少し、やわらぎます。今年の忘れものは、来年の夏の、楽しみに、なる。季節が巡るというのは、そういう、やり直しの機会を、毎年、与えてくれる、ということなのかもしれません。

これは、なんだか、優しい仕組みだな、と思います。人生には、一度きりで、取り返しのつかないことも、たくさんあります。でも、季節の楽しみは、巡ってくる。今年、桜を見逃しても、来年、また咲く。今年、花火に行けなくても、来年、また上がる。だから、季節のやり残しには、あまり、深刻にならなくて、いいのだと思います。今年は、これができた。来年は、あれをしよう。そうやって、巡る季節と、長く、付き合っていく。それも、豊かな生き方の、ひとつの形ではないでしょうか。

忘れものを、確かめる

とはいえ、夏の終わりに、一度、その忘れものを、確かめてみるのは、いいことだと思います。

「今年の夏、本当は、何が、したかったんだっけ」。そう振り返ってみると、自分が、何を大切に思っていたのか、何を、後回しにしてしまったのかが、見えてきます。もし、毎年、同じことを、やり残しているなら。たとえば、毎年、「もっと、家族と、過ごしたかった」と、思っているのに、毎年、できていないのなら。それは、来年こそ、意識して、時間をつくるべき、大切なことなのかもしれません。夏の忘れものは、自分が、本当に、大切にしたいものを、そっと、教えてくれます。

だから、この週末、夏が終わる前に、少しだけ、今年の夏の忘れものを、思い返してみてください。そして、もし、来年こそ、と思うものがあったら、心の隅に、留めておく。あるいは、まだ、夏は、二日、残っています。ささやかなことなら、今からでも、間に合うかもしれません。夕涼みでも、冷たいものを食べに行くのでも。過ぎゆく夏に、最後の、小さな思い出を、ひとつ、加えてみるのも、いいものです。

夏は、終わります。でも、それを、ただ、さびしく見送るのではなく、「良い夏だったな」と、やり残しも含めて、まるごと、抱きしめて、見送れたら。そして、来年の夏に、そっと、期待を寄せられたら。それが、季節と、優しく付き合う、ということなのかもしれません。

AYAKA’s View

「やり残し」という言葉について、私は、仕事の文脈でも、以前、書いたことがあります。お盆の前に、仕事のやり残しと、上手に折り合いをつけよう、という話でした。夏の忘れものも、どこか、それと、通じるところが、あるな、と思います。全部を、完璧に、やりきることは、できない。仕事でも、暮らしでも。大切なのは、やり残しを、責めることではなく、そこから、次に、何を大切にしたいかを、学ぶことなのかもしれません。

夏に、家族との時間を、やり残したと感じるなら、それは、家族との時間が、大切だという、証です。仕事で、あの改善を、やり残したと感じるなら、それは、その改善が、必要だという、サインです。やり残しは、私たちに、本当に大切なものを、教えてくれる。だから、私は、やり残しを、そんなに、悪いものだとは、思わないんです。今日は週末ですから、まずは、この夏の忘れものを、しみじみと、味わってみてください。そして、もし、その中に、仕事や会社の「やり残し」で、気になるものがあれば、九月からの後半戦で、一緒に、手をつけていきましょう。良い週末を、そして、良い夏の名残を。


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